とある伴家での会話(その3) 最終回。フランスのご老人は怒らせてはいけない?

(知恵)おなかも膨らんだし、さあ、続きをしましょうよ。
(伴)うん。そういえば、シラク大統領の演説があったそうだよ。
(知恵)今回の暴動について?
(伴)彼は、英語で言うところの、「profound malaise」という言葉でこの騒動のことを示してるんだけど、日本語だと「深刻な憂慮すべき状況」とでもしちゃうのかな?「malaise」は正確には、「社会もしくは集団において、即座にもしくは簡単には解決できない何らかの悪い状況があること」という意味なんだけどね。
演説のポイントを挙げてみるね。
まずは、
(1)非常事態宣言が3ヶ月延長(来年の2月まで)されることが決定したこと
(2)軍、警察、健康、文化などの分野で50000人の若者がOJT(実地訓練)を任意(つまり自らの意志に基づいて)に受けられる機会を設けることを約束したこと
(3)自身の各業界へのロビー活動により、職の確保に努めること
かな。
それ以外はヴィルパン首相の先週の発表とはあまり代わり映えしないという評価があるみたいだね。それよりも話題は、サルコジ内相との対比みたいだね。
(知恵)どういうことなの?
(伴)今回、彼は、騒動を起こした者に対しては厳しく対処するという言い方のみであまり刺激的な表現を用いていないようなんだけど、実はいわゆるムチの部分、つまり、生活援助の取り消しなどを撤回することなどは実はしていないんだよね。そのかわり、低所得者居住地域の住民への配慮を全面的に押し出している感じなんだよ。「履歴書がその住所と名前だけでどれだけゴミ箱に捨てられたか。」みたいな部分がセンセーショナルに伝わっているようで、この地域の人々への差別をなんとかしなければならないという点が強調される結果となっているようなんだ。ただね、騒動がある程度鎮静化しているというのに、非常事態宣言の3ヶ月の延長、これにはいろいろと憶測が飛び交っているようでもあるんだよ。
(知恵)そうか、ムチの部分はさらっと流して、アメの部分が強調されている感じのね。報道の取り上げ方の問題かしら。
(伴)そういう一面はあるかもしれないね。結果、彼は次の大統領選にも意欲満々なんじゃないかっていう風に感じている人もいるみたいなんだよね。ムチの部分を緩めれば極右路線からの反発は必至だし、かといって、サルコジ内相のような強硬路線では逆の面で非難が集中するのはすでにわかっているわけだから、そこにはあまり触れず、そして、民間企業にはあまり負担のならない範囲での提案を行っている。その上、「履歴書が捨てられた」といった話は表現を変えれば、「企業などの経営者や人事担当者が不当な差別をしたからこういう事態に陥ったのだ」と政府の政策の誤りではなく、ある意味さりげなく雇用者に責任転嫁したようにも見える格好になってしまっているよね。これで国民受けしそうではあるんだけれど、議論好きなフランス国民が果たしてこれを額面どおりに受け止めるか注目が集まるところだと思うなぁ。
なんか昔のヤクザ映画じゃないけどさ、最初、強面の若頭がかかってきた相手に「チンピラが騒ぎ起こしやがって、タダじゃ済まさねぇぞ」ってすごんだと思ったら、次に組長が、まぁまぁ「お互い言い分もあるだろうし、これで手打ちにしませんか」と冷静に対処したところ、いつの間にやら相談役とかいうご老人が登場して勝手に仕切っちゃって「喧嘩両成敗じゃ」ってやりだしてそれまでの関係者全員面目丸つぶれ、でもご老人には逆らえずご老人高笑いみたいな展開だよねって知らないよね、そういう映画。
(知恵)知らないわよ、大体その手の映画見ないし。でも、そうか、それで、恐怖を感じてしまう人もいるわけね、俺(大統領)は間違っちゃいない、騒動を起こす輩も悪いし、その芽をつくり育んだやつらもどちらも悪い。だから、罰として、ボージョレー・ヌーボーもクリスマスも正月もおとなしくしてろと。
(伴)antiECOおじさんもかわいそうだよね、下手に馬鹿騒ぎしたらどんな目にあうかわからないから、おとなしくしてるんじゃないかな。警察にしょっ引かれてボコボコにされたらかなわないだろうしね。
(知恵)まさか、そんなことないでしょ。でもあの人、人相悪いからありうるかも。そう言えば、警察の若者への暴行とかひどい扱いとかがいろいろ取り上げられているみたいね。
(伴)若者と警察との対立は以前からあったことらしいけど、ここのところその溝は深まるばかりのようらしいね。そりゃ日本だって暴走族と警察のいたちごっこは昔からあるわけだし、どこでもそれ自体はよくある話なんだろうけど、特定の地域とか人間を対象にしてるとしたら、それはそれで差別問題につながっちゃうよね。
antiECOおじさんが言ってたけど、彼らの見た目は割とわかりやすいというか、日本でつっぱりがその外見で見分けがつくように、フランスでもわかるらしいよ。ただ、見た目だけの似非つっぱりくんとの区別は難しいようだから、ほんとうは悪くない子も遭わなくてもいい目にあったりもしているらしいけどね。心理的にはわかるよね、警察を見るだけでびびっちゃって逃げる子の方が実は真面目で小心者だったりするんだろうけど、逃げるから余計におっかけられてしまってかわいそうな目にあってしまうっていう話。
こういう時、警察はどうすればいいんだろうね。追っかけずにほおっておいたら、実は車に火をつけた連中だったなんてことになったらそれはそれでお咎めがあるだろうし、かといって追っかけて捕まえたら、実はそうじゃない子だったりもするし。それと、やっぱり急遽警備強化のため配備された警官ってのはどうなのかなぁ。ボコボコはちょっとやり過ぎだと思うなぁ。今後もこういう話は心配だね。
(知恵)こういった不祥事もやっぱり大統領のスピーチに影響したのかしら。
(伴)したんじゃないかなぁ、でも、そのあたりはちょっとわからないな。テレビで放映された問題のシーンを見る限りでは明らかに差別的な扱いだったってことらしいから、この種の差別があることはきちんと明示しておかなければならなかったんじゃないかな。ただ、それが、どうもイメージとして「履歴書」の話に置き換えられちゃった感が否めないってところじゃないかなぁ。あの差別の話は警察官の行為についてだからなぁ。
(知恵)じゃあね、現実問題として、郊外の低所得者居住地域の問題は、これを契機に改善の方向に向かうのかしら。
(伴)そのあたりは、どうもはっきりと期待ができるって感じでもないらしいよ。もちろん若者がOJTながらも職を得て働くことになれば、それはそれでいいことなんだろうけど、以前よりは厳しくなったとは言え、北アフリカ貧困層流入や不法移民が途絶えることはないわけだし、現在職がなかったり、また、あっても低収入の世帯、つまりは、彼らの親達の世代だよね、なんかはこれからも祖国に仕送りをしながらという事情を抱えた人もいるだろうしそういう人はこれからも切り詰めた生活が続くわけで、そこの家の子供は相変わらずの生活が続いてしまうんじゃないかな。それに生活のためには子供を出来るだけ早く職に就かせようと考える親も少なからずいるだろうから、勉強を続けたいといっても続けられない子供はこれからも減らないかも知れないだろうしね。そういう点では子供達の不満や抑圧感みたいなのはなかなか解消されないかも知れないね。だから、今後の移民受け入れあたりも政治的な争点となってくるんだろうね。
(知恵)例のサルコジ内相の、頭脳労働者の積極的受け入れの話ね。
(伴)そう、ヴィルパン内相は差別的だと反対しているようだけど、カナダとかは確かこういう感じの審査があったよね。ただ、地中海沿岸地域グループとして、今後も北アフリカなどの国を財政的にも支援していかなければならないわけだし、受け入れた移民の祖国への仕送りがあることによってその国の少なくはない人々の生活が支えられ、それによりある意味政情不安や貧困を緩和することが出来ているのだとしたら、このパイプを細らせてしまうことのリスクは十分に考慮しなければならないんじゃないかなぁとも思えるんだけどね。国間でぶっといパイプを設けて資金などの援助をすることと、個人レベルで細かいパイプが網の目のように張り巡らされることを比較したら、後者の方が効果が大きいような気もするんだけれど、彼らがフランスで生活することに伴う経費が今回のような騒動の結果、今以上にどんどん大きくなっていってしまうことを考えたら、前者の選択肢、つまり移民受け入れを厳しく制限しつつそういった国の支援を強化することも検討しなければならないことになってしまうだろうね。
なので、騒動を起こして差別を訴えて権利を獲得できそうな、器物損壊などの犯罪行為を行わなかった若者やその家族には結果としてよかったのかも知れないのだけれど、一方で、生活保護を取り消されてしまう家庭や留置されてしまった張本人達にとっては厳しい現実が待ち構えているようだし、さらに、彼らの祖国の同胞にとって、今後の移民受け入れの門戸が成り行きによっては狭くなってしまうというリスクを抱えてしまっているわけだから、そのあたりがおじさんにとって、どうにもやりきれない部分なんだろうなぁ。
おじさん言ってたもんなぁ、
「このガキンチョはきちんと自分で判断できる年齢でもないだろうに、なんで親が黙ってやらすんだ。捕まったらぶち込まれるのわかってんだから柱にしばりつけてでも家に閉じ込めとけ。抗議をするんだったら、なぜ正々堂々と親がしないんだ。俺らはこれまで移民だからといって差別を受けてきて、まともな職にもありつけない。結果息子もぐれちまった、どうしてくれるんだってやればいいだろう。そうやって抗議のパレードでものろしでもなんでも上げればいいのに、なんで息子達が車焼いておかしなのろし上げることを黙ってみてるんだ。特に非常事態宣言が出た後にもかかわらず、子供を外出させてる親はなんだ? そりゃぁ、病気や体力衰えちまった親もいるかもしれないけど、だとしたら、そんな親を抱えて自分がパクられちまったら家族どうすんだよ。これで国の兄弟にも送金できなくなっちまうかも知れないんだぜ。」って。
(知恵)それでおじさんこだわってたのか、こんなのは暴動なんかじゃない。ただちょっとガキが調子に乗って暴れまくってるだけだ、そして、それを止めらんない親が情けないって。
(伴)そういうことだよね。だから、処分も子供としての扱いの範囲内で済まして欲しかったっていうか、そういうタイミングで止めて欲しかったってことなんだろうね。今となっては、大統領に「深刻な悪い状況」と言わせてしまったんだから、悪い状況を作り出した者は全員処分ということになってしまいそうだよね、カタをつけるという意味でね。未成年者に外出禁止令を出したのはその親への警告、そして、これに応じなかった親がいるわけだから、こうなったら大人同士の解決手段、つまり、援助の打ち切り。但し、雇用者側もきちんと失業者対策が出来ていないうことで、厳重注意ってことになってしまったというところなんだろうかなぁ、建前的というか理論的というか、筋の通し方という点でね。ただ、それにつけても、ロビー活動とかOJTとか一人だけいいかっこしてるのはどうかというところが鼻につく人もいるらしく、今後火種としてどうくすぶってくるかというところがちらほら騒がれているのかも知れないね。
(知恵)なんかやるせないわね。
(伴)まぁ、今回いろいろ話してみたけど、ほんとのところはまだまだわからないことも多いし、現時点の情報だけでは捉えきれないこともあるよね、人によって見方もいろいろだし。それはどの位置にいるかで見えてくるものが違うのだから当然なのかも知れないけど、それはそれでその方向からはそう見えるのだろうし、受け止め方はいろいろあっていいよね。でもまだまだ勉強が必要だなぁ。
(知恵)私たちの知識レベルじゃまだまだ初心者だし、正確じゃないところも多々あるだろうしね。でも、少し近くなった感じがする。ところでね、移民という言葉よりなんかいい言葉ないのかしら、長民と短民とか… センスないなあ、私。
(伴)やばい、おじさんから電話だよ。なんか怒ってる。勝手に適当なことほざくなって、カンカンだよ、どうしよ。
(知恵)切っちゃえば。
(伴)えっ?

おじさんからの連絡事項。
勝手なことをくっちゃべっている彼らは困ったものですね(笑)。
昨日のシラク大統領の演説の内容についてはしばらく議論になるのではないでしょうか。
軍隊、警察などでの実地訓練についてもいろいろと議論があるところだと思います。シラク大統領が1996年に徴兵制(10ヶ月の兵役もしくは20ヶ月の国家奉仕)廃止を宣言した人であることから、そのあたりに含みを持たせる書き方をしたプレスの記事も見かけます。
例の履歴書ゴミ箱行きの話も話題になっているようです。
きちんと教育を受け、職業訓練校にも通ったのにも関わらず、履歴書を送ったとしても、名前と住所でゴミ箱に捨てられているような事実があるのであれば、それは明らかな差別でしょうし、これはフランスの「自由、平等、博愛」の精神を踏みにじるものでしょう。
ところで、低所得者用住宅のある地域に家族と暮らす若者ですが、その中でも親が生活の援助を受け、学校をドロップアウトした若者達のことを考えてみます。職歴なし、手に職なしの彼らが職を見つけられたとしても、それはおそらく最低保障賃金近辺になるのではないでしょうか。彼らが職につけば当然親が受け取る生活援助の額は減ることになるでしょう。おそらくその収入の一部を家に入れることも求められるでしょう。祖国への送金を求められる場合もあるでしょう。医療費だって全額補助ではなくなります。そんなこんなで手元に残る金、自由に使えるお金なんてものはほとんど残らないかも知れません。そんな生活がこの先しばらくは続くことが彼らには見えるているのかも知れません。
一方で、それなりの収入を得るためには、学校を卒業し、高等教育を納めるか職業訓練を受けるかし、その後職歴を重ねる、つまりは経歴を高める以外にあまりこれといった方法はないでしょう。何かずば抜けた才能があったとしてもそれを磨かなければ輝くことは難しいと思います。でも、これはすべての国民に等しく求められる要件です。
人によってその肩にのしかかってくるものは違います。それを少しでも軽減できるように支援することは出来ますが、あくまでも支援の範囲となります。彼らの祖国の人の多くを貧困から救い出し、また国民すべてにある程度以上の生活を担保することをフランス一国で実現することは簡単なことではないでしょう。この国における国民の税負担、そして社会福祉、保障関連への比率は高く、これまでいろいろと努力を積み重ねているように私の目には映ります。
今回破壊を行ってしまった若者たちは、その行為により少なくとも数百億円の資産がこの国から失われたことの重みをいつか知ることになるかも知れません。
シラク大統領は、住所と名前だけでゴミ箱に捨てられる履歴書(CV)がどんなに多いことかということに触れました。但し、履歴書に目を通すようになっても、そこからの選考は平等です。そのときになって初めて自分の履歴すなわち歴史がいかに本人にとって大切かということを知らされることになるかも知れません。
なので、彼らのことを思えば思うほど、そして今の状況に不安や不満、いらだちがあるのあれば、若いうちに何かひとつでも多く技能などを身につけて欲しいという思いが私にはあります。
この国では自由・平等・博愛の精神、そしてその精神に則り定められた決まりごとに従わなかった者にはペナルティが課せられます。今回のシラク大統領の演説により、このことに改めて気づかされました。
不当な差別行為をした者、人様の財産に手をかけたもの、保護者たる行為を怠ったものそれぞれに対し、ペナルティが用意されているようです。
そして、博愛の精神に基づき、支援などの表明がなされています。

ここで、あえて余談を付け加えておきましょう。
フランス国民は赤ちゃんや子供が大好きです。なじみのない街を歩いていても、そっと赤ちゃんに近寄り、あやしたり、話しかけたり、名前を尋ねてきたり、また、時には写真を撮らせて欲しいといわれることもあります。
一方で、しつけの出来ていない子供は飲食店などではしつけがされている犬以下の扱いを受けたりします。スーパーなどで駄々をこねている子供や悪さをする子供を見かければ、親より先にしかりつける人も多いです。そして、親が説教されることもあります。
夕食後などは、子供が居間に立ち入ることを許さない家庭の話もよく聞きます。親子一緒に寝ることも少ないようです。幼稚園でもしつけの出来ていない子はみっちりと叱られるようです。
そうやって、大人と子供の間にきっちりと線を引くのが、この国の流儀です。
だからと言って、子供を尊重していないわけではありません。しっかりと尊重します。でも、それは子供は子供として尊重されているのであって、大人としてのそれとは同じではありません。
また、子供が立ち入ることが出来る場所は限られます。街のカフェであっても、そこは基本的には大人の場所です。
なので、サルコジ内相の例の騒ぎを起こしている若者に対しての「Racaille」発言は、私にとってはいかにもフランスらしい発言にしか聞こえなかった、ただ、それだけのことです。ですが、それを持って私がサルコジ内相を支持していると捉えられてしまうのには違和感があります。支持も不支持もありません。この国らしいなと思う気持ちの中に非難や賛辞は含まれようもありません。
それとともに、いわゆる「ごろつき」連中に対する同情心も持ちえません。車を焼かれ、窓ガラスを割られ、バッグを取られ、暴力におびえ、夜中の爆竹音などの騒音に悩まされる人々がそこにいます。大型ゴミ収集カートが蹴倒され、歩道一面にゴミが散らかり、また、地下鉄の入り口へと向かう通路がゴミだらけで通れなくなることもあります。彼らが騒ぐだけ騒いだあとには歩道に叩きつけて粉々になったガラス瓶の破片があたりに無数落ちていることもしばしばです。小さな子供達にとって大変危険です。被害に遭われた人のことや、度重なる迷惑行為や、小さな子供たちなどのことを考えると、悪さをする連中に「でもしょうがないよね」と言って同情する気持ちになれない、ただ、それだけのことです。