時間が止まってしまったかのようです。

しばしの沈黙のあとのガ島通信さんが新たなエントリーを出されました。
http://blog.livedoor.jp/zentoku2246/archives/17476450.html
まるで時間が止まってしまったかのように感じます。

ライブドア時間外取引のルールを守っていた(現時点では。誰かがおっしゃっていたようにほかの材料が出るかもしれないが、それを待っていてはいつまでたっても書けません。もしおかしいところがあれば、そのときに批判すればいい)、フジテレビ&ニッポン放送連合はルールを破ろうとした(未遂)。それで堀江氏が非難されるのは、おかしいのではないか?

おかしくてもライブドア批判をする人はいるでしょう。
それこそ小泉首相じゃないですけど、人それぞれですから。人間は理屈だけで生きているわけではないですし。
私自身は前にも書きましたが、ライブドアの株取得のやり方についてまったく批判する気などありません。
が、しかし、批判をする人の言うことも否定する気にはなれません。
TOBを実施しているときに、業務提携を望んでいるのであれば、時間外で株を大量に取得するような(敵対的買収)行為はどうかと思うなんてのは批判なんでしょうかねぇ。感想に過ぎないように思いますが。
それを批判だとしても批判内容は人それぞれです。森前首相のような内容の批判もあれば、福田前官房長官のような批判もあります。それぞれご自身の信条や主義と照らし合わせた上で発せられた言葉だと思うので、そこに第三者が入り込む余地はないように思います。

フジサンケイグループの信任を得て経営陣として携わっている方々の行動も信義的には当然の行為に映ります。フジサンケイグループの意に反する行動や言動を取ることはそれこそ背任行為でしょう。たとえフジサンケイグループの一連の行動が非難に値する行為であったとしても。
また、現時点において経営陣と雇用関係を結んでいる社員の行動や宣言も理解の範囲内です。さらに言えば、彼らは当然リスクを負って行動しているのですから、ガ島さんのようにけじめをつけるべきとわざわざ苦言を呈する気にはとうていなれません。
6月の株主総会後就任する経営陣が経営という観点から判断を下せばよいだけのことではないでしょうか。

時計の針は進んでいます。覆水盆に返らずですね。


私は割と単純で、フジサンケイグループが気にくわなければ、フジテレビを見なければいいと思うし、産経新聞の購読をやめればいい、また、ニッポン放送を聞かなければいいだけのことでしょう、他にもテレビ局や新聞、ラジオ局の選択の余地はいくらでもあるのですから。また、見たい人は見ればいいだけのことで、ユーザ側が判断するでしょう。
私は、ただ、番組改編期を迎えた社員のみなさんが、スポンサーやパーソナリティの確保に苦労されている心中を察するばかりです。

ライブドアに対してどのようなイメージを抱くかは、人、企業それぞれです。同様にフジサンケイグループに抱くイメージもそれぞれです。ライブドアを応援する人も、フジサンケイグループを応援する人もいるでしょう。また、ライブドアの企業戦略に好感を持つ人もいれば、反感を抱く人もいるでしょう。フジサンケイグループに関してもまたしかりです。
パーソナリティに関して言えば、やめる人がいれば新しく加わる人もいるでしょう。それに応じてスポンサーの変動もあり得るでしょう。スポンサーに関しては、その企業戦略から、パーソナリティの如何に関わらず撤退する企業もあるでしょうし、新たに参加する企業もあるでしょう。

一宿一飯の恩義を忘れない義理人情の世界の浪花節的な事を重んずる人もたくさんいます。それ故、誠実、クリーンなイメージを大切にする企業も多いでしょう。それを古くさい、理にかなっていないと非難することはたやすいですが、それがすんなり受け入れられないのもまた人間の世界です。

ライブドアVSフジサンケイグループという対決の構図でガ島さんは書かれていますが、

世間の見方はどちらかというと、
ライブドアフジサンケイグループもどちらもいかがなものかというイメージ
かつ、
巻き込まれたニッポン放送はかわいそうという見方が主流なのではないでしょうか。

なので、世の評価として、仮にフジサンケイグループの判定が黒となっても、ライブドアの判定がすなわち白にはならないように思えます。

どちらかといえば、ライブドアの方がマシくらいにしかならないのではないでしょうか。

もし、ガ島さんがライブドアを応援されているのであれば、フジサンケイグループをネガティブに捉えるよりも、ライブドアのメリットを分析して提示する方が効果的なのではないでしょうか。下げるより上げよです。

ただ、残念なことに、ニッポン放送という伝統と歴史があるラジオ局の将来展望にスポットライトを当てたときには、私には、
ガ島通信さんに愛を込めて−ラジオ世代からのメッセージ− - antiECOがいるところというエントリーで書いた内容に行き着いてしまうのです。

なので、今回の株の買収方法論よりも、そもそも株を買収するアクション自体がライブドアにとって得策だったのかという点に関して、どうなんだろうという疑問に陥るわけです。

和田アキ子さんの先日のラジオ放送での言に対してブログでは批判が多いように見受けられます。ですが、私は彼女は手厳しい人だなぁという実感を持ちました。彼女は自分とそのまわりのスタッフで出来うるベストのものを作りあげている自負がある。それをないがしろにするならば、作り手としても覚悟があるということでしょう。ラジオの番組づくりに関してはシロウトだと表明したあなたにはそれを超えるものが示せるのかと。私達なら変えることが出来ると言っていたのに急に下手に出るとはどういうことかと。

その点については私は過去にこの日記の中で触れましたが、日本の重鎮の方々が退路を断つような発言をされているのを見聞きして、心配していたところです。先の裁判がその退路を断つことについてはとどめを刺した感もあります。もしフジサンケイグループの新株予約券発行に関してそこに狙いがあったのだとしたら、見事な作戦と評価してよいのかも知れません。ラジオ局の運営に関する将来展望という土俵に上がってしまえば、フジサンケイグループにとって有利に展開できる可能性が高い事がその理由でしょうか。

最後に、

ニッポン放送の社員については労使交渉はやってもいいと思います。交渉というテーブルにつくわけですよね。ライブ側経営陣の話も聞いて判断して、納得できなければ批判すればいい、場合によってはストライキもかまわない。あとはリスナーが判断するでしょう。

「労使交渉はやってもいい。」という表現はいかがなものでしょう、労働者の基本的権利であるにもかかわらず。また、現時点で経営陣にはライブ側の人間はいません。また、6月の株主総会後、ライブ側経営陣が入り込むという話も確定した話ではないですよね。ライブドアも社長以下、現経営陣にはなるべく残って欲しい旨のコメントが出ているようですし。

このあたりのニッポン放送の社員へのガ島さんのこだわりについては、結局真意がわからずじまいでした。

社員は来るべき時にそれぞれが考え、行動すればいいだけのことだと思うんですけどね、個人的には。現在の生活レベルを死守したければ早急に労組を組織して、労使協定締結を目指すこともいいでしょう。他の会社に移る人もいるかもしれません。今だってせいいっぱい志高く頑張っている人もいれば、流している人もいるでしょう。要の人間にやめられて経営が立ちゆかなくなっても困るので、将来の経営陣が厚遇で引き留めるケースがあるかも知れません。どんなことがあろうと、それぞれに職業選択の自由があり、また、どう働くかはそれぞれの人々の自由であるとともに、その行動に責任とリスクが伴うものでしょう。

たとえ将来の経営陣があの声明に対して憤りを感じていたとしても、社員がけじめをつけるべきかどうかは、その経営陣が労働条件として示し、またその働きに対する報酬の評価をくだせばいいだけの話で、社員が自らけじめをつけるべきかどうかは、それこそ浪花節の世界に近いように思います。
ライブドアの株取得が合法にもかかわらず(浪花節的に)批判することはおかしいのではないかと問題提起されるのであれば、違法性の指摘のない社員一同の表明に対して、(浪花節的に)けじめをつけるべきとされているのは一貫性という点でいかがでしょうか。