崖っぷち(?)人生(その1)

普通の生活を送ってきた場合、
この歳(40過ぎです)になるまで何回くらい、「あぁ、俺の人生もこれで終わった。」とか、「こりゃ、やばい。」などという状況に陥るものだろうか。
もちろん、その時代、時代でこのような心境になる状況は異なるだろう。
子供の頃であれば、親の財布からそっと小銭をくすねていたところを運悪く(?)見つかったとか、鉄棒から思いっきり落ちたとか、心臓が1,2回お休みになるような状況や目から火花が散るようなことがあるだろうし、高校生の頃であれば、パチンコ屋にいきなり制服のお巡りさんが巡回に来たとか、雀荘にやってきたなんてことを経験した人も結構いるかもしれない。
そんな「ちょっとマジでやばい状況」をふとしたことから、ふと思い出した。

おそらく幼稚園にあがるかあがらないかの幼い頃の話だ。


それは、田舎に夏休みに帰省したある日の午後、母親が祖父母宅から50mほど離れた友達の家に遊びに行っていたときのことだ。

祖母と留守番をしていた私は一人遊びにも飽きて、また、母親から離れた寂しさもあり、ぐずり始めたのだろう、どうしても母親のところに行くと言い出したらしい。

その当時は世間はのんびりとしていて、幼い子は大人と一緒でないと外に出かけてはいけませんなんていうかんじでもなかった。なので、祖母もぐずる私の相手が面倒になったのか、困り果てるくらいに暴れていたのかは記憶にないが、そのおうちまで一人で行けるんだったら行っておいでと許可をもらって出かけた。

だけど、そのおうちに行くためには1カ所どうしても試練に耐えなければならない場所を通らなければならないことはわかっていた。

それは、金網内に収容された獰猛な犬小屋(犬小屋といってもよく漫画にでてくるような三角屋根のかわいい小屋ではなく、道に面したところに高さ1.5m、幅2mくらいのフェンスが設けられ、その向こう側でかなりの運動ができるくらいのスペースを有する小屋だ。学校の鳥小屋を直方体にした感じ。)の横を通り抜けなければならなかったからだ。
祖母の家を出て、10mくらい歩くと、幅2m弱の路地があって、そこがその恐い恐い犬数匹がお出ましになるところだった。

その日も最初の10mは順調だった。

そして、どうかお昼寝をしていますようにと心でお祈りしながら、そっとその路地に足を踏み入れた。

その瞬間、右手の方からなま暖かい風を感じたとたん、金網がガシャーンと軋む音と同時に耳をつんざくような複数の犬の叫び声が幼い私に容赦なく襲いかかった。

その獣の口は裂けんばかりに大きく開かれ黄色い牙、赤い歯茎、だらだらと垂れる液体とともに生臭いにおいがあたりに漂った。その目は血走り、今にもおまえを食い尽くしてやると言っているような勢いだった。

その一瞬はなぜか今でもはっきりと覚えている。なのに、その直後どうやってその路地から飛び出したかはまったく覚えていない。
が、しかし、いつのまにか路地の入り口へと戻っている自分に気づき、我に返ったことは覚えている。

「おばあちゃんのところに戻ろうか、だけど、おかあちゃんのところに行きたい。」
「でも恐い、物凄い勢いで恐い。泣いたっていいよね。戻ったって弱虫じゃないよね。」
「いくらほえたって奴らは檻の中、出られるもんか。」
しばらく言ったり来たりしながら、小さな頭で考えた。心臓はいつもよりどきどきしている。
「よし、今度はもっとそーっと、そーっと行けばいい。」

そう自分に言い聞かせて、再度路地へと果敢に足を踏み入れた。

1歩、2歩、3歩、どうやら奴らは僕に気づいていないようだ。
4歩、5歩、6歩、あとちょっとで檻の横を抜けられる。
7歩、8歩、やった、抜けた!

と思った瞬間のことだ。


ウァッウァッワワワンと耳をつんざくような威嚇の吠えが聞こえてこないはずの左耳を襲った。

え、なんで、なに、と一瞬パニクって怯んだ瞬間、今度は右耳をあの音が襲った。

ふと我に返って正面を見ると、路地の行く手にはひもも首輪もないフリーな状態のさすらいの犬が2匹もいるではないか。しかも餌に飢えてますとその顔にはしっかり記されているのはガキの僕にだってわかる。

しかし、奴らはちょっと離れたところから動かない。いや、じわ、じわっと距離を詰めてきたいる。が、奴らも馬鹿ではない。これ以上近寄れば、檻の中の連中が、俺の縄張りを荒らすなと言わんばかりに、のどをガルルと鳴らしている。

僕だって馬鹿ではない。たった数年の乏しいその経験でも、うしろ向いて逃げ出したら、待ってましたとばかりに追いかけてくるに違いない。そしたら奴らの追いかけるスピードに勝てやしないことはわかっている。あんなのに噛みつかれたら病気になって死んじゃう。


そのあと、どうやってこの危機を脱出したかは、実はあまり鮮明に覚えていない。ただ、おじいちゃんに抱きかかえ上げられたとたん、おそらく安堵から泣きじゃくったことだけは覚えている。

それから次にようやくその路地を通ることができるようになったのは、小学校を卒業しようかといった時期だった。

あのときのトラウマのせいか、予期せぬときに犬に吠えられたせいで、今まで数回発熱したことがある。