マスメディアの記者さんが書かれているブログに

理系白書ブログ(http://spaces.msn.com/members/rikei/)」というのがあって、これは毎日新聞理系白書の記者さんが書かれている。
自分も含め、匿名のブログが多い中、すごいなあととーても期待。なので、毎日更新されるのが楽しみ。さすがプロの方だけあって、文章がとってもなめらか、かつシンプルで、ほんと自分はダメオヤジ。
だけど、最新のブログ

理系白書ブログ11月6日: 
http://spaces.msn.com/members/rikei/Blog/cns!1pqciTw8cEc9bQRgc8cCtTYg!365.entry

を読んで、ちょっと心配。書かれた方が自分のような一般ピープルならばおそらく気にもかけないことなんだけど、プロの記者さんなので、ちょっと思うところあり。
記者さんと野球にまつわることがテーマなんだけど

いまのお父さんは知らないが、昔のお父さんは偉かった。子どもがサンマの塩焼きならお父さんはお刺身、ハンバーグならお父さんだけステーキ。こんな食卓は、どの家庭でも普通だった。

という部分。
40過ぎのantiECOはおそらく近い年代なので、ここでいうところの「どの家庭」におそらく該当すると思われるのだが、少なくともかつての我が家では「普通」ではなかった。そして、子供にサンマの塩焼きなんてこともなかった。サンマの蒲焼きならよく出されたけど(笑)。
誤解のないようにちょっと詳しく説明を。
普通でない我が家のことはどうでもいい。
ここで、心配なのは、「こんな食卓は、どの家庭でも普通だった。」と言い切っている点なのだ。
おそらく誰でもそうだと思うし、自分もよくやってしまうのだが、自分の常識は世間の常識だという思いこみで話していると、「えぇー、うそー。」とか「あり得ない!」とかあっさり否定されしまうことがある。それぞれ歩んできた道が違うのだからしょうがないのだ。
だけど、これは自分の勝手な思いなんだけど、

マスメディアというプロの情報発信の方には、「思いこみなどの自分の中の常識や正義だけを頼りに記事を書くことがあるのでは?」と我々に感じさせて欲しくない

のです。
誤解のないようにさらに追加説明を。
①サンマの塩焼き
 これ、お父さん方かなり好きです。子供だけ食べてたら切れるオッサンも関西系を中心にかなりいるのでは。特に秋の旬の脂ののった奴だったら大変。あの焼いてる時の匂いだけかがされて、ブツはなし、だったらまずいっしょ。
 さらに、子供に出すのだったらお母さんは大変。血抜きでしょ、はらわたとりでしょ(これが苦くて子供はいやがる、おっさんはこの苦みがビールに合うと喜ぶ人も多い。)、それにあの細っこい小骨取りもしくは手伝い。
②刺身
 お父さんの酒の肴はごもっとも。だけどお父さんが偉いからだけではないでしょう。まず、母親は火の通ってないものを子供に出すのを嫌がりがち。子供ってショウガとかわさびとか嫌いでしょ。そうすると青いお魚とか心配だし。
 さらに、貝類や卵系(イクラとか)、ウニとかは高タンパク過ぎて、アレルギーが心配だしねえ。
 それと、生は消化されにくいから子供のお腹にはきつかったしねえ。
 ということで、少なくとも我が家では、わさびやショウガをきちんと食べられるようになるまでは卵やカッパ&干瓢巻きそれに巻きずし、あと酢蛸&イカぐらいしか許されなかったなあ。もしくはそれなりにちゃんとしたお店のものだったら食べてもよかった。普通の家庭でお父さんの晩酌用って言ったらそこいらのスーパーの盛り合わせぐらいを指すんじゃないかなあ。当時のあれのパック盛り合わせものは、お母様方、値段からしてもちょっと信用してなかったでしょう、その安全性ってやつを。
③ハンバーグ
 手作りのハンバーグだったら、家族みんなで食べたっしょ。特にパン粉じゃなくてパンちぎったやつと挽肉混ぜて作ったやつは。
 それにハンバーグよりステーキが好きな子供、そんなにたくさんいたかなあ。永久歯が生えそろったかどうかの軟弱あごのガキンチョにとって、ハンバーグはちょうどの柔らかさで大好きな奴多かったけどなあ。コマーシャルでも「○大のハンバーグ」なんてしょっちゅうやってたし。
④ステーキ
 これは、子供ってあんまり好きじゃなかったっしょ、当時は。すき焼きとか焼き肉だったらOKだったけど。なにせ、ステーキはかたかったから。へたするとくちゃくちゃガムみたいに噛んで、そのうちあごが疲れて内緒でぺってやってた記憶ある。
 これも家庭によるんだけど、おうちでお母さんが焼き加減をレアにするなんてところ少なかったんじゃないかなあ。うちの親やよそんちの親も、例えばもし外食したとき、切ってみて子供に出てきた肉が赤かったり、血が混じってたら焼き直させたりしたでしょう。そのくらい、血の滴るような肉に母親たちは嫌悪感というか不衛生感を持っていた時代だったと思う。そうすると、おうちで肉を買って焼くとなると、こう焦げ目がたっぷりつくくらいのウェルダン。そしたら子供にはかみ切れないんだなこれが。かといって、牛のヒレ肉とか○○牛みたいな肉は「普通」の家庭ではほとんど買うことはないというか買えないというか、街の小さな肉屋さんには置いてなかったもの。売ってたのはどこの牛だかわからないけどサーロインステーキ用肉ってやつでしょう(笑)。
そのうち米国産とか豪州産とか解禁になったけど、これもきつかったからなあステーキで食べるの。
てなことで、お父さんが偉いからサンマが刺身になったりハンバーグがステーキになったりするのはちょっとねえ。
焼き肉の枚数が多かったとか大きさが違ったとか、寿司の出前取るときオヤジだけ松だったとかなら親近感沸くんですけど。

それとこの文章の最後が、

ところで、恒例の「ビールかけ」、今年は?なんでもかんでも自粛、というのはどうかと思うけれど、避難所に食べ物が行き渡らなくて震えてるときに、ビールかけ、まさかやってないよね。

で締められているんだけど、これもちょっとねえ。
けっこう笑えていいんじゃないっすか、寒いときのビールかけ。
「あいつら馬鹿だねえ、わざわざビール頭からかぶってふるえてるよ」なんてくさすことによって気を紛らわすことできたかもしれないじゃないっすか。

それと「自粛」ってことばを当事者以外が使うのもどうもねえ。
当事者以外が使うと「自粛すべき」とか「自粛した方がいいんじゃないですか」っていう感じになっちゃって、これほど日本語としておかしなというか矛盾した表現はないでしょう。
だから、「まさかやってないよね。」(ほぼ)=「自粛したはずだよね」というのも避けた方がいいと思うなあ...当事者が決めることで、当事者以外が評すべきことじゃないと思うから。
もし被害者の心情を察しての表現として出てきたのであれば、
むしろantiECOは
「プロの選手が1年間一生懸命戦ってきて、やっと日本一になったっていうのに、おいら達の避難所暮らしのもののせいで自粛させてしまうなんて冗談じゃない」なんて思う普通に立派な方がたくさんいらっしゃると信じているので、逆に自粛なんてしたらそういう方々に失礼と考えますけどねえ、いやこれも主観に過ぎないんですが。
別に被災者の方のすぐ目の前で弁当食べたり、半分も食べずに捨てたりするわけじゃないのでねえ。
テレビの向こう側の世界のしかもプロスポーツの出来事はプロ野球も大リーグもその距離感は同じようなものだと思うんですよ、庶民としての感覚では。
以上、心配なことでした。