パンの世界のお話

製パン業界にまつわるお話。

この国には大きな製パン業者がある。また、地方には小規模ながら老舗のパン工場も多い。最近、こんなことがブームになっている。

どうも普通の市井の人々が自家製パンづくりに精を出して無料で配布しているらしいのだ。道具は新興企業が無料で貸し出しているらしい。

あるとき、大きな製パン業者の腕のいい職人が自由時間を利用して無料でパンを配りはじめた。どうも今の製パン業界の将来に不安を抱いているようだ。
他にも腕の立つ職人さんがそれまで働いていた工場をやめ、別の仕事を始めた際に、どうしてもパン作りを続けたかったため、彼も暇を見つけては無料でパンを配り始めた。
最初の頃はその数はたいしたことがなかったが、どうも最近飛ぶようにパンが出回り始めた。また、普通の人々でパン作りに参加する人々も徐々に増え始めた。

どうやら芸能界でも興味を持つ人が出始めた。
特に若手女性アイドルのMさんの作るパンは評判になった。そのパンはどうも食べるとほんわかした気分にさせてくれるらしく、そのパンを求めてたくさんの人が殺到し、とうとう配布数日本一を記録した。最近特製パンを手にしたラッキーな人が誕生し、その話は国中を駆けめぐった。

最初は寛大な心を見せていた製パン業界も少しずつ気になり始めた。と同時に、業界に不満を持つ現役の職人さんや元職人さんが非難の声を上げ始めた。

各製パン業者さんにはそれぞれに売れ筋商品があった。「朝は必ずパンだ食品」の自慢はつぶあんぱん、「三度のめしよりパンが好き製パン」はこしあんぱんだ。



とある、とても弁の立つ優秀な方が、つぶあんぱんを配り始めたときのことです。
そのパンを食べた人がどうも味がおかしいとか、つぶの形が変だとか、おいしくないと抗議をし始めました。
怒ったその人は、「こんな文句をつける奴はこしあん右翼に違いない。」と言い始めました。こいつらはスクラムを組んで嫌がらせをしていると分析を始めたのです。
言われた方は驚きました。
だって、この人たちはつぶあんが好きだから配られたパンを食べたのですから。
ただ、どうも豆の皮の残り方や甘さ具合などそれぞれの人の好みに合わなかったのでしょう。それをただちょっとおいしくないよといっただけなのに、「シロウトに味がわかってたまるか。」と叱られてしまいました。

こんなこともありました。
ある有名人が素人さんのつくるパンを食べ歩いて気に入ったパンを自分のところに持ち帰るようになりました。そして、今週のお気に入りパンといって紹介するようになりました。また、お気に入りのパンを並べて配り始めるようになりました。気のいい人々は、新作ができたのでおひとついかがと声をかけたりして和やかな雰囲気があったのですが、ある日事件が起きました。この有名人さんはいろんなところからパンを持ち帰っては並べていたのですが、あるとき一人の人が抗議をしました。俺はそこに並べてもいいなんて許可した覚えはないぞと。
人々はそれを巡り、議論になりました。
「別にあなたのところでご自由にどうぞとおいてあるものを持ち帰って自分ところにおいて配ったっていいじゃないか」とか
「それじゃあたかもその人が作ったみたいでずるい」とかいろいろ意見はまとまりませんでした。
そこで、その有名人はルールをつくりました。
「じゃあ、私が持ち帰ってうちに並べてもいいという人はそういう立て札を立てておいてください、それ以外は自分で食べるだけで、勝手に並べたりしません。」
この人のところでは、他にも事件が起きました。
ある新作のパンを発表して配ったところ、その人の作ったパンの味がどうだ、おかしな物を混ぜてるんじゃないか、食べたら病気になるぞなどという人が出てきました。
その人は怒りました。事実無根の誹謗中傷だ、今はこころ広く見逃してやるけどこれ以上ひどいことをいうようならば、訴えてやると。そのパンを食べて病人が出たかどうかは今でも定かではありません。

そのようなトラブルは日常茶飯事のように起こるようになりました。
「おまえ、ドラえもんの顔つきあんぱんは俺のオリジナルだ、盗むんじゃない。」
「あほか、ワシのは耳つきじゃ、そんなのもわからんのか、このたわけ!」
「趣味でパンを焼いて配ってなにが悪い!」
「食った人が腹をこわしたらどうするつもりだ。」
「おれのパンで腹なんかこわすもんか。」
「万が一腹壊したら訴えられるぞ。」
「だったら友達を招待して食事をふるまうこともできないだろ。」
「ともだち呼ぶのと誰彼構わずはいどうぞとやるのでは訳が違う。」

そうこうしているうちに、その年も暮れて、人気の高いパンをつくった人には「ゼータベーカー」の称号が与えられるようになりました。

あるとき、「朝は必ずパンだ食品」の職人さんの一人がこっそりと無料パンをつくり、配るようになりました。やっぱりつぶあんパンは最高などと宣伝したり、つぶあんパン最低などと言いつつ、カレーパンなどを配っていました。
そこに、とある有名なゼータベーカーの一人がその宣伝の不自然さに気づき、彼のカレーパンの正体を暴きに行きました。分析した結果、そのカレーパンにはうんこが入っていたのです。
そこで、そのゼータベーカーは身を隠しながらも「このカレーパンにはうんこがはいってる」と抗議しつつ、実はこいつは「朝は必ずパンだ食品」の職人だと正体を暴き、街は騒動になりました。この職人さんは恐くなって無料パンづくりをやめてしまいました。一方そのゼータベーカーはうんこまき散らしてやったと満足げでした。

最近になって、「朝は必ずパンだ食品」の大物職人さんが無料パンづくりを始めるようになりました。その製法はとても大胆で、あっちこっちから集めたパンを引きちぎって牛乳と小麦粉に浸し、再度焼くという荒々しいものでした。
これにはさすがに他の人たちもあきれ果ててしまいました。
その人は言いました。「おまえらのつくった1個1個はまずくて食えたもんじゃない。こうやった方がなんぼかマシだ。」
さすがにこれには他の職人さんや元職人さんも「それはないでしょう」と抗議をしました。
しかしこの人は大物、聞く耳を持ちません。
「だったら、うまいパン焼いて持ってきてみろ。修行を重ねなければそうそううまいパンなんて作れるか。たまにはましなやつもあるが、100個に1個だ。そんなんじゃ、世の中の人は満足しないぞ。うまくできたら食ってやる。」

とある元職人さんはこんなことを言いました。
「今の製パン業者の職人さん達は、自分たちの焼くパンが絶対だと思っている。だけど、いい材料とみんなで食べ比べて情報交換すれば、きっとうまいパンが作れる。そりゃ、あんパンもカレーパンもジャムパンもクリームパンも食パンも全部一人で上手につくるなんてのは無理でも、俺はあんこ、俺は生地、俺はカレーとか得意分野を持って協力しあえば、安穏としている職人を超える日もそう遠い話ではない。あんたなんかまんじゅうやが本業なんだからあんこ作りは得意だろう。」

そんな様子を見て、あせりを感じた地方のパン工場の職人さんはその工場を飛び出そうとしています。「東京のあんこ会社からあんこを仕入れているようではダメだ。ここではあんこづくりを学ぶことはできない。」

製パン業界は業界で、悩みがあるようです。それは、パンの形を宣伝に使い、スポンサー企業から資金を集めているからです。なので行進型パンや王冠パンは作ることができても跳ね馬パンなどは滅多につくることが出来ません。




しかし、なんでみんなそんなにパンづくりにエネルギーを注いでいるのでしょうか。私はいろいろなパンが食べたいですが、ウグイスパンと白あんパンは好きではありません。あんパンよりもクリームパンに惹かれます。でも毎日クリームパンばかりでは飽きるので、あんパンだってしょっちゅう食べます。こしあんつぶあん両方OKです。
街で配っている無料のパンの場合、ちょっとお腹が弱いので評判を聞いてちょっとずつ試食します。毎日創作パンを食べる元気はありません。

職人さん達は今日もパン作りや製パン業界を巡って議論を重ねているようですが、その話はパンづくりの参考程度にはなるものの、それ以上でも以下でもありません。食べる側としては、製パン業界のパンがよりおいしくなるのも嬉しいですし、創作パンが充実するのも嬉しいです。
だけど、創作パンがその形の制約を受けるようになったり、隠し味として妙なものが入っている可能性が高まってきたらどうなんでしょうか。そしたら、例え苦手なものでも何が入っているかはっきりとわかっている製パン業界のパンを選ぶかも知れません。
職人さん達は何を目指しているのでしょうか。究極のパンでしょうか。