そろそろアカデミー賞ですよ

話題の中心はいい意味でも悪い意味でもブロークバックマウンテン。あれ、いじりやすいもの、なにせ初のゲイ物。
世間は、春のダ・ビンチ・コードやMI3、XMEN3などの大作にすでに興味が移りつつあるようですが、ここは一つ、ここ1年の名作にじっくりと腰を据えて触れるのもよいかと。

時間があれば、事前予想をと思っていましたが、どうも時間がないようで。
もちろん、マットディロンの例のやつ(クラッシュ)一押しですが、私の予想というか、へそ曲がりな趣味は、まずあたりませんな。
主演女優賞は、ジュディ・デンチしかいないでしょうと一応言い切っておきますが、雰囲気的には、例のポスターでおなじみの、リース・ウィザースプーンが旬を迎えた時期なのかぁと心が揺れています。 でも、確かプロの方々はフェリシティ・ハフマンを推していた記憶が…。
男優賞には興味が沸きません、今年の場合。あまりにもアメリカという感じがそれぞれ強すぎて。

それにしても、今年は、ほとんどの作品を実は見ていたりする。いったいそんな暇がいつ?自分でもよくわかりません。

インターネットのインフラ危機?

今日の米NBCのニュースでもやってました、スカイプとかネットゲームとかでトラフィックが厳しい状況になりつつあるとか。 そういえば、最近のスカイプの音質が、特に日本にコールしたときにどんどん悪くなっている感がある。 それに限らず、日本のサイトへのアクセスにかなりのストレスを感じるのは確か。 もちろん、回線だけではなく、ituneやらスカイプやらメッセンジャーやらを常駐させるとパソコンへの負荷も高くなって、なんかパソコンがかわいそうだったりもするのだけど。

日本の場合はGyaOかぁ。あそこの場合、海外IPへのサービスは拒否なので、もっぱら国内需要での話だし。(日本のインターネット、マジやばくね? | 音極道茶室(旧アーカイブ)
メールとかも凄い量流れているからなぁ。私のアカウントにも添付ファイル込みで一日平均100MB程度流れてくるし。それにメッセンジャーでのビデオチャットも一度始めると1時間から2時間はやりっぱなし、同時にライブでNBCを聞いたり、ストリーミング配信を受けたりしてれば、これをそこらじゅうでやってるかもと想像すればそりゃとんでもないことになりつつあるのかも知れない。
おまけに事業者はそこらじゅうでバックアップサーバへデータ送っているしね。

今後はGyaOみたいな大トラフィック発生事業者は地域ブロックごとにサーバを置いて同期を図ることで負荷をブロック単位に分散させろなんてことになるのかなぁ。

ソニーのロケーションTVなんかも相当数がでているように聞いているけど、あれはどうなんだろう。PtoPの場合、負荷はそれほどでもないのだろうか、でもトラフィックとしてはでかいよなぁ、外出先からインターネット経由で、自宅から映像を送受信するわけだから。

それと心配なのは、パソコンのCPUとかの処理能力の向上の速度やハードディスクとかの容量、そして、その価格比向上が最近鈍ってきているように感じるのだけれど、気のせいだろうか。 

うーん、ネット関係への興味は、そろそろ飽和状態。 今は新たな出会い、そして自然が楽しい。 だから、デジカメやビデオ機器にはちょっとまた興味が沸いてきたところ。
でも、カメラを構えるよりは、目の前にあるそのものに感動する瞬間の方が多いけど。雰囲気や匂い、湿度や温度を感じながら、形あるものに触れる瞬間がいい。 海や大地を忘れてはいけないなぁ。 それと、人との握手やビズ。 一日のうちであれがないと寂しい。 人との距離が近づく瞬間、大切にしたいです。

電気用品がどうしたこうした

日本はやはり独特の国ですね。何でも商売、商売。
電気製品の種類の多さやサイクルの短さには驚きます。
こちらでは、電気製品に限らず、修理が前提。ご近所を探せば、必ずといっていいほど修理してくれる人に巡り会えたりします。そして、日曜大工も常識。 自分の身の回りのものは、基本的には自分で、そして、ちょっと技術や道具が必要なものについては、近所の名人のお世話になれば、なんとかなります。 さらには、中古品の流通は個人間が基本。くたくたになるまで使い倒します。

電源ケーブルは、個人的には塩ビケーブルを選択するかなぁ、なにせ耐久性が非常に高いので。臭素系難燃剤は世界中で目の敵なのでこれは厳しいかも。

今の若い人でペンキ塗りや壁の補修など経験せずに大人になった人はどのくらいいるのだろう? 

雛祭り。ネット雛に風情なし

なんか潮目が変わったなぁ。
これからが本当の変化の始まりなのかも。
春は心乱れる時期とも言われます。平常心で何かに気持ちを集中させるのが吉かも。
私は相変わらずの旅ガラス。寝床が恋しいそんな毎日です。

荒川さんと村主さん

 こちらの午後10時から始まったフィギュア女子の決勝だけはなんとか見ることができ、無事金メダルの瞬間を見逃さずに見ることができた。これで4大会ほど、メダルの瞬間だけはなぜかライブで見ることに成功している。こういったところで運を少しずつ使っているので、大きな運はやってこない。ま、いいか。

 ところで、ちょっとだけ感想を。荒川さんが他の選手に比べ群を抜いていたのは、手の使い方、そして、演技時間中、わずかな時間でも無駄にしていなかったこと。 とにかく、最初から最後まで、他の選手がおろそかになりがちな顔の表情、手の表現に隙がなく、美しかった。そして、観客もそれに気づいたようで、どんどん、その世界に引き込まれていったように思う。 美しい、と思う気持ちが継続し続け、それが見るものの中で濃縮されることにより、さらに引き込まれ、図らずも感動してしまう、そんな感じだった。 彼女はバレリーナになっても大成したのではないか、と、ふと思った。 演技途中からのあの拍手は彼女の気持ちを高揚させ、それによりさらに美しさ、妖しさを醸し出させたかのようだった。 あのブルーの衣装をしばらく忘れることは出来ないだろう。 さらに表彰式。彼女の立ち姿、そして、顔の表情は最後まで完璧だった。スルツカヤが股を開いて棒立ちしている隣で、そしてコーエンが表彰台の前から台に上るのに比べ、彼女の作法、そして立ち振る舞い、上品さは完璧だった。もちろん、欧州の各メディアはベタ褒めだった。冬の優雅なオリンピックが彼女の中だけにあったことを、フランスの解説陣もそしてイタリアの解説陣も十分過ぎるほどに褒め称え、彼女こそが銀盤の女王にふさわしいことを声高に叫んでいた。反対にスルツカヤに対しては、演技の冒頭から厳しかった。おそらく荒川の名前は、単にこの大会の金メダリストというよりも遙かに高いステータスを築いたに違いない。彼女なら、欧州のどこに行っても終生VIP待遇されることだろう。 かつてアジアの黄色い猿と言われた日本人のイメージをしっかりと書き換えてくれた彼女の功績は、今後評価されていくことだろう。

 そして、村主さん。彼女はやはり、持ち時間の中で、無駄な部分がちょっと多かった。ジャンプの前、そしてジャンプやスピンを終えたあと、どうしても準備の時間が出来てしまう。そして、そのとき、間違いなく手が下がる、次の山場への準備ですよと伝えるように。なので、次は何かなという楽しみはあるものの、一つ一つの感動がそこで途切れ、どうしても気持ちが高まっていかない、そんな風に感じた。 そんな選手は何人かいた。もったいないなと思いながらも、実際は大変だよなとか考える余裕が少なくとも見る側の私にはあった。だから、もっと、もっと、極めるべき点はあるし、もっと、もっと、よくなる可能性、余地はまだまだたくさんあると思う。少なくとも手の使い方、特に下にだらんと下ろしてしまう点はなんとかならないものかと思う。 フィギュアスケートには、ジャンプ同等、いうや、それよりも大事な要素はたくさんあるんじゃないだろうか。ジャンプはそろそろ限界に近い感じがするし、そして、全体の持ち時間の中で、実はジャンプの占める時間はそう長くはない。

 最後に、安藤さんについてちょっとだけ。常にカメラにその小さくはないお尻が向いてしまうのはどうしてだろう。見終えてお尻しか記憶に残っていないのは私だけだろうか?おそらく、体が前屈みになっている時間が多かったのだろう、つまり、それだけ調子がよくなかったということかな。

あとは閉会式か

トリノオリンピックもいつの間にか、そろそろ終わり。
どこかで、冬のオリンピックは欧州のお金持ちがなんたら、優雅がなんたらという話を見かけたけど、いつの間にか金メダルのトップはドイツ、そして、韓国が金4つを含む7つだか8つだかだし、フィンランドも頑張ってるしねぇ、ふーんという感じ。
なんか違うな。競技を見ている姿勢は優雅かも知れないけど、まぁ、ホストとしてはそうかも知れない。だけど、選手はといえば、かなり違うなぁ。
ただ、冬季オリンピックの場合、必死に頑張ってますという感じは受けはよくない感じがするな、もっと楽しめばという雰囲気がこっちにはある。

ところで、ところで、自分でもこのまま自然消滅かと思うくらい、ネットに費やせる時間がなくなっている、というよりも、日本語で生活する時間がほとんどなくなりつつある。
特に日本語を読むのが苦痛だったりする。
それにしても、鳥インフルエンザはそろそろなんかやばそうな感じ。